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大阪地方裁判所 昭和29年(ワ)2609号 判決

原告 松宮忠蔵

右代理人 青野実雄

被告 株式会社和歌山相互銀行

右代表者 小川健治郎

右代理人 江草次郎

右復代理人 宮浦要

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

理由

先づ訴外深田松司が被告の従業員であることは当事者間に争がない。そこで次に成立の争のない甲第一号証乃至同第三号証と、証人杉田光雄、同深田松司の各証言並に原告本人訊問の結果を総合すると、原告は訴外福島伊熊に対し原告主張日時その主張の約定で金二十万円を貸したが、同訴外人は弁済期日に右借金の返済をしないのみならず、担保である同訴外人居住家屋の賃借権を原告に無断で他に譲渡してしまつたので原告は同訴外人にその不信を責めたところ、同訴外人は当時被告の橿原支店に金二十五万円の定期預金をしていたので、之を担保に被告の右支店から金二十万円を借受け之を以て原告に対する借金の返済をすることを申出た。そこで原告は右訴外人に被告の橿原支店に同道することを要求したが、同訴外人は被告の行員を伴つて来ると言い、昭和二十八年十一月二十七日原告方に冒頭認定の被告の行員深田松司を同伴して来たので、原告は右深田松司に訴外福島伊熊の前記預金を原告に名義変更方を申入れた。ところが預金の名義を変更することは訴外福島伊熊の信用上困ると言うので原告、訴外福島伊熊及び被告の行員深田松司の三名で話合つた結果、目下右福島伊熊が右定期預金を担保にして被告から金二十万円の借入を申込みその手続中で、昭和二十九年一月十五日迄には貸付け手続が完了して貸付金を渡すことができるから、その際被告の橿原支店に於て訴外福島伊熊に渡すべき右貸付金を原告に手渡すことにすることを右深田松司に於て承諾し、その際右深田松司は自己の名剌(甲第三号証)の裏面にその旨を書いて原告に渡した、と言うことが認められ、この事実から判断すると、右深田松司が原告と約束したのは、訴外福島伊熊の原告に対する借金二十万円の債務を被告に於て支払うと言う所謂債務の引受けをしたものではなく、被告の橿原支店が訴外福島伊熊に対して金二十万円の貸付金を渡す際に原告が訴外福島伊熊と同道して被告の右支店に於て被告より訴外福島伊熊に渡すべき右貸付金を同訴外人の手に渡すのを省略して原告に手交して同訴外人をして原告に対する債務の支払をさせることを約束したものと見るべきである。

ところで証人深田松司、同中村彌之助の各証言によると、被告の行員深田松司は当時被告橿原支店の集金課の内勤で集金の帳簿係をしており、唯訴外福島伊熊が同店より月掛の貸付を受けた際、その紹介をしたため同訴外人に対しては直接集金の衝に当つていたことが認められ、およそ銀行員が預金者乃至は取引顧客と応待接渉するのは一般にその銀行の所謂表示機関又は受領機関として意思表示をするものであつて、支店長又は支配人その他特定事項について特別に代理権を授与された者以外は銀行の代理人としてするものではないと解するのが相当であつて、被告銀行橿原支店の集金課の一帳簿係に過ぎない右深田松司も特別に代理権を授与されたことを認めるに足る証拠のない本件に於ては、被告銀行の所謂機関として行動していたに過ぎないものであつて、然かも同人は唯集金課の帳簿係に過ぎなかつたのであるから、特に反対の事実を認めるに足る資料のない限り被告の機関として前認定のような原告との契約を結ぶ権限を有しなかつたものと認めなければならない。従つて被告は右深田松司の原告とした前認定の約束に拘束されるものではない。次に原告は右深田松司は被告の代理人として原告との契約をしたと言うが、前記説明の通り同人が右契約を結ぶ代理権を有していたことを認めるに足る証拠はない。更に原告は民法第百十条による主張をするけれども、右深田松司が他に如何なる代理権を有していたかについて主張も立証もしないのであるから(同人が被告橿原支店の集金課帳簿係としてまた訴外福島伊熊に対する集金事務は被告の機関としてしたものであることは前に説明した通りである。)原告のこの点に関する主張は、その事実の存否を判断するまでもなく、採用するに由がない。

果して以上の通りとすると、原被告間には原告主張のような契約は成立していないのであつて、その履行を求める原告の本訴請求は理由がないから失当として棄却すべきである。

よつて尚民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 喜多勝)

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